歌がうまいわけでも、絵がうまいわけでも、脚が速いわけでもなかった。

子供のころにはすでに気づかされた。自分がありふれた人間であることに。 才能なんていう言葉は、僕には縁がなかった。

「顔は覚えてるけど、名前なんだっけ?」

10 年後の同窓会、元クラスメートたちはテーブル越しにそうささやく。

「なに食べる?」

そう訊かれ、「同じものを」と言ってしまう。 盛り上がる話題にためらいは感じても、頷いては笑う。 運ばれたばかりだったはずの珈琲は、ぬるくなっている。

そういう人間が僕だった。


火曜の午後、訪れた古着屋でダブルのジャケットに足が止まる。 グレーの生地が、懐かしさと共に憧れを僕に思い出させた。

お父さんとお母さんがふたり揃ってダブルのジャケットを着ていたのは、七五三のときだった。 見上げたふたりの姿はかっこよくて、ふたりの背中越しに見えた太陽の光はジャケットの輪郭を浮かび上がらせ、浮かび上がった輪郭はグレーの生地を白く眩しく輝かせていた。

鏡の前に立ち、僕はハンガーからジャケットを取り外す。 生地はなめらかで、指先が何度も往復するうちにジャケットが古着であることを思い出した。 少し低めについた白いボタンを留め、鏡に映ったゆるいサイズ感に僕は笑みがこぼれる。

「それ買うの?」

ジャケットのポケットに両手を入れたまま振り返ると、見知った顔が平坦な表情で僕を見ていた。 彼は手にストライプのシャツを持ち、そばには彼の彼女が立っていた。

「サイズあってないし、そのグレーって地味じゃない?」

僕は彼の言葉に頷き、笑顔を浮かべた後、鏡へ向き直す。 肩越しに、ふたりが遠のく気配を感じる。

左右のラペルを両手の人差し指と親指でつまみ、鏡に映るジャケットを僕はもう一度見つめた。 留めていたボタンを外し、ジャケットをハンガーにかけ、ラックを見て僕の顔はうつむく。

ハンガーを左手でぎゅっとつかんだままジャケットを抱え、僕はレジへ向かって歩き始める。

text Shigeaki Arai
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